2004-06-21

カフカの橋

私は橋。まぎれもなく,ただの橋である。記憶が始まる時から橋だったし,これからもずっと橋で居続けることだろう。

なのに,一つの疑問が常に私の頭の中に根付いて消えない。橋とはなんだ?

川なり谷なり,人間はおろか,翼を持つ鳥たちですら,後ずさりするような難所。そこに厳然として聳えつつ,やさしく背中を伸ばし,人々の道となるもの。それが橋というものではないのか!

それに比べて私は何だ!生まれてこの方,私の上を通った者は誰一人いない。なぜだ?私の足元に横たわるこの大河は,世の中のどの海よりも広いはず。実際のところ,私自身でさえ,己の背丈を測りかねたままでいる。その上私の目の前を平然と行き来するこの人間たちは,皆向こう岸まで行かなければならないはずだ。橋は私だけなのだ。なのに,なのになぜ,私に橋の務めを求めようとしない?

それでも,未来は,必ずやってくる。英雄にも似た一人の冒険者が,遠い国で私の噂を聞きつけ,その最初の征服者ならんと,幾多もの山と海を越えてやってくる。やがて私とまみえることになった彼は,人々の引きとめをも振りほどき,その長旅で刻まれた数々の傷に包まれた足を,私の胸に向け,差し出すのだろう。そして私たちが触れ合った瞬間,名ばかりであった私は,ついに刹那のような,橋としての永遠の生を得ることになるのだ!

その日がやってくるまでに,私は今までと同じように,何千何万もの凡人が私の前でさまようのを見ていなければならない。彼らは決して私を選ばないだろう。しかしいざ考え直して見ると,彼らが私を選ばないのもわかる気がしないのでもない。第一,彼らは往々として,私の腹黒き隣人,渡し守ガロンのやさしい笑顔にだまされるのだ。それに彼らは,私が神々の作り出した蜃気楼であることを,知っているのだ。

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