バスで旅するとき、私は決まって、後ろの窓側に席を探す。
そういうバスの旅は、たいてい夜。
思えば、明るいうちは列車なり飛行機なりが精を出している分、
バスは、それらが静かになる夜のときでしか選べない、特別な選択肢なのかも知れない。
夜を行くバスの旅は静か。
たいていの場合は一人だし、友達と一緒のときも、向こうは昼間のあれこれで疲れ果てて寝ているか、
長い揺れに身を任せるうちに、話のネタがなくなり、黙り込んでしまうかのどっちかだ。
そういうときに限って、不思議と頭の方は冴えてばかりいる。
思考の行き場もなくなり、バスの中に目をやると、バス、という空間に気づく。
それは普段殆ど気づくことのない「空間」という感覚を意識する瞬間。
列を成しているシートと、それに挟まれて思い思いの体勢で休む人々。
照明を落とされた暗さの中に、彼らの姿がうっすらと浮かび上がる。
その全てを乗せて、バスは一つの空間となり、ハイウェイを走ってゆく。
対向車線から向かってくる乗用車、じりじりとレースから脱落していくトラック、
道端のガードレール、信号、とその先に広がる荒地、樹木。
往年の映画の中で見るようなベタでぎこちない動きではないけれど、空間に触れては去っていくように、動いている。
けれど、バスの中は空気までもか、押し黙ったみたいに、動きがない。
きっと、何一つ動かないまま、この空間は、何百キロもの目的地へと、黙々と続いていくのだろう。
そこまで感覚がたどり着いたとき、私は恐れではなく、戦慄を覚えた。
逃げるようにして窓の外をのぞくと、
ああ、この空間はこのバスの中だけではなかったんだ、と胸を撫で下ろす。
月が、月が、いつまでもそこに居た。
2007-12-30
2004-09-09
都市と時間17
イジャゲルIjhagerに入っても,あなたの目にとっぴな物事が飛び込むことはない。
故に,多くの過ぎ人は,その名前の下に付け加える説明を空のままにする。
というのも,この都市がイジャゲルたる所以はここで一泊してからじゃないと分からないからだ。
宿屋で目が覚めても,あなたは恐らくしばらくは何ら特異なところを感じることはない。
日めくりカレンダー,或いは手帳を手にするまでは。
そこであなたはやっと気付く。
1.あなたの記憶では,昨夜は17日だったのに,今朝では既に19日になっている。
2.或いは,あなたがちゃんと18日までの記憶が疑いなく存在するのに,訪れる日は再び17日を告げる。
あなたが17日を暮らしている中で,
19日を暮らすあなたの隣人が,17日の仕事に勤しむ売り子から買い物をすることは何ら珍しいことではない。
(休日がかみ違ったりした時は多少文句は言うものだが)
どちらの驚きがどの市民に訪れるかは,
2つの甲子をイジャゲルで歩んだ大長老にも分からない。
彼はそれを「(唯一)時間の女神の左目・右目」と呼ぶ。
もちろんこの国でも,時間の女神は3柱で一目を共有するとの言い伝えはわが国と違わないが。
都市は平然としている。それに市民たちも。
そう。あなたは常にいるべき場所があるし,
時間の女神があなたから奪い取った時間は元からあなたのものではなく,
誰かのものなのだ。
Ending2:
(都市は平然としている。それと同じように市民たちも。
そうして,あなたも嘆くべきではない。
あなたが居るべきところは誰かが居るはずになっているし,
あなたは誰かが居るべきところに居る。)
故に,多くの過ぎ人は,その名前の下に付け加える説明を空のままにする。
というのも,この都市がイジャゲルたる所以はここで一泊してからじゃないと分からないからだ。
宿屋で目が覚めても,あなたは恐らくしばらくは何ら特異なところを感じることはない。
日めくりカレンダー,或いは手帳を手にするまでは。
そこであなたはやっと気付く。
1.あなたの記憶では,昨夜は17日だったのに,今朝では既に19日になっている。
2.或いは,あなたがちゃんと18日までの記憶が疑いなく存在するのに,訪れる日は再び17日を告げる。
あなたが17日を暮らしている中で,
19日を暮らすあなたの隣人が,17日の仕事に勤しむ売り子から買い物をすることは何ら珍しいことではない。
(休日がかみ違ったりした時は多少文句は言うものだが)
どちらの驚きがどの市民に訪れるかは,
2つの甲子をイジャゲルで歩んだ大長老にも分からない。
彼はそれを「(唯一)時間の女神の左目・右目」と呼ぶ。
もちろんこの国でも,時間の女神は3柱で一目を共有するとの言い伝えはわが国と違わないが。
都市は平然としている。それに市民たちも。
そう。あなたは常にいるべき場所があるし,
時間の女神があなたから奪い取った時間は元からあなたのものではなく,
誰かのものなのだ。
Ending2:
(都市は平然としている。それと同じように市民たちも。
そうして,あなたも嘆くべきではない。
あなたが居るべきところは誰かが居るはずになっているし,
あなたは誰かが居るべきところに居る。)
2004-06-21
カフカの橋
私は橋。まぎれもなく,ただの橋である。記憶が始まる時から橋だったし,これからもずっと橋で居続けることだろう。
なのに,一つの疑問が常に私の頭の中に根付いて消えない。橋とはなんだ?
川なり谷なり,人間はおろか,翼を持つ鳥たちですら,後ずさりするような難所。そこに厳然として聳えつつ,やさしく背中を伸ばし,人々の道となるもの。それが橋というものではないのか!
それに比べて私は何だ!生まれてこの方,私の上を通った者は誰一人いない。なぜだ?私の足元に横たわるこの大河は,世の中のどの海よりも広いはず。実際のところ,私自身でさえ,己の背丈を測りかねたままでいる。その上私の目の前を平然と行き来するこの人間たちは,皆向こう岸まで行かなければならないはずだ。橋は私だけなのだ。なのに,なのになぜ,私に橋の務めを求めようとしない?
それでも,未来は,必ずやってくる。英雄にも似た一人の冒険者が,遠い国で私の噂を聞きつけ,その最初の征服者ならんと,幾多もの山と海を越えてやってくる。やがて私とまみえることになった彼は,人々の引きとめをも振りほどき,その長旅で刻まれた数々の傷に包まれた足を,私の胸に向け,差し出すのだろう。そして私たちが触れ合った瞬間,名ばかりであった私は,ついに刹那のような,橋としての永遠の生を得ることになるのだ!
その日がやってくるまでに,私は今までと同じように,何千何万もの凡人が私の前でさまようのを見ていなければならない。彼らは決して私を選ばないだろう。しかしいざ考え直して見ると,彼らが私を選ばないのもわかる気がしないのでもない。第一,彼らは往々として,私の腹黒き隣人,渡し守ガロンのやさしい笑顔にだまされるのだ。それに彼らは,私が神々の作り出した蜃気楼であることを,知っているのだ。
なのに,一つの疑問が常に私の頭の中に根付いて消えない。橋とはなんだ?
川なり谷なり,人間はおろか,翼を持つ鳥たちですら,後ずさりするような難所。そこに厳然として聳えつつ,やさしく背中を伸ばし,人々の道となるもの。それが橋というものではないのか!
それに比べて私は何だ!生まれてこの方,私の上を通った者は誰一人いない。なぜだ?私の足元に横たわるこの大河は,世の中のどの海よりも広いはず。実際のところ,私自身でさえ,己の背丈を測りかねたままでいる。その上私の目の前を平然と行き来するこの人間たちは,皆向こう岸まで行かなければならないはずだ。橋は私だけなのだ。なのに,なのになぜ,私に橋の務めを求めようとしない?
それでも,未来は,必ずやってくる。英雄にも似た一人の冒険者が,遠い国で私の噂を聞きつけ,その最初の征服者ならんと,幾多もの山と海を越えてやってくる。やがて私とまみえることになった彼は,人々の引きとめをも振りほどき,その長旅で刻まれた数々の傷に包まれた足を,私の胸に向け,差し出すのだろう。そして私たちが触れ合った瞬間,名ばかりであった私は,ついに刹那のような,橋としての永遠の生を得ることになるのだ!
その日がやってくるまでに,私は今までと同じように,何千何万もの凡人が私の前でさまようのを見ていなければならない。彼らは決して私を選ばないだろう。しかしいざ考え直して見ると,彼らが私を選ばないのもわかる気がしないのでもない。第一,彼らは往々として,私の腹黒き隣人,渡し守ガロンのやさしい笑顔にだまされるのだ。それに彼らは,私が神々の作り出した蜃気楼であることを,知っているのだ。
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